田中光『レタス2個分のステキ』の感想

ド正面からのギャグマンガです。読者を笑かすためだけに描いてるやつです。

とりあえず身構えてしまう

「笑い」って、結局、期待値コントロールみたいなところあるじゃないですか。どれだけハードルを下げることができたか、みたいなところあるじゃないですか。そのハードルの下げ方がこの人は下手だと思う。

もう、身構えてしまうもの。読みながら。「簡単には笑わんぞ」って。

攻撃性が滲み出てるんですよね。「どうだ! 俺の発想は面白いだろう!」っていう攻撃性が。そうすると本能的に身構えてしまう。

何かに似てるのはまずい

本当のことを言うと、読んでる間ずっとタナカカツキや吉田戦車のことを考えてしまっていました。「なんか、タナカカツキとか吉田戦車みたいだな…」と。

「タナカカツキほど面白くはないし、吉田戦車のような上品さもないな」と思いながら、なんと3巻まで買って読んだんですよ。好きなので。お笑いに一生懸命な人が、僕、好きなので。

でも、好きと面白いは違うんですよね。正直、そんなに好感も持てなかったし。

なんかね、やっぱり「誰かに似てる」ってのは致命的ですよね。

もし世の中にタナカカツキや吉田戦車がいなかったら、この人のマンガも「おもしれぇ〜」ってなってたかもしれないんですけど、いるからね。タナカカツキも吉田戦車も。

たとえば原克玄先生なんかは独自の道を作ったというか、「他のやつとかぶらないようにしよう」という努力を怠っていないので、まあ読んでいてケタケタ笑ってしまうんですが、でも仮に原克玄のマンガでも「誰かの描いたのに似てるな…」とか「あの芸人のあのネタに似てるな…」とか思った瞬間に醒めてしまいますからね。幸い、そういうことはないので笑っていられるんですが。

島田紳助が YouTube に出てたじゃないすか。この前。で、「俺、テレビ見いひんねん」みたいなこと言ってたんですよ。「見たら影響されるやろ。あ、くりぃむしちゅーの上田おもろいな〜とか思ったら、表面的なところではないけど、潜在意識のところで真似てまうやん。それが嫌やねん」みたいなことを言ってたんですよ。

まさにそういうことなんですよ。誰かに似てたらダメなんです。

それは別に「オリジナリティを大切にしろ!」とかそういう高尚な話ではなく、単純に「なんか似てるな…」っていうだけで気になるし、なんだったら「やっぱこの人、あの人とかあの人の影響とか受けてんのかなー。世代だもんなー」とか思っちゃうじゃないですか。そうするともう、笑えないっすよ、それ。

野球で言うと

そんな感じで、「何かに似ている…。何に…?」とか思いながら読んだんですが、まあ、当然面白い部分もありましたよ。声を上げて笑うこともありました。でもなんか、慎重に言葉を選ぶ必要があるんですが、うすらつまんないんですよね。なんか。

これはもう、純粋に笑いのレベルだと思うんですよ。

ド直球でマウンドに上がってるわりには地肩が弱いというか。時速150km投げれる雰囲気出してるけど、実際のところ時速140kmなんだよな〜みたいな感じです。

ちょっと無理をしている。

絵の雰囲気に笑いのレベルが付いてこれてない。

このレベルの面白さ(「すごく面白い」という意味ではなく、「ジャストこのレベルの面白さ」の意)を保ったまま、絵柄を現代風にして、異世界ものとかを描いたら売れるんじゃないですかね。

直球勝負はやめて、変化球はどうでしょう、ということなんですけど。

エッセイ漫画家になるとか、子育てマンガ描くとか、そういう合わせ技がないと厳しいわな、と感じてます。

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