『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』の感想

Twitter では絶賛の嵐なんですが

Twitter でヴァイオレット・エヴァーガーデンに関するツイートを見ると、基本的には絶賛の嵐なわけです。

個人的にも悪い内容じゃないと思うし、ネットのみんなが言うように背景の描写がきれいだったり、ちゃんとしたストーリーだったり、良い作品だと思うんですが、傑作かと言われると傑作ではないなと思うわけです。

悪く言えない空気

京都アニメーションの例の事件が起こったあとで多少なりともこの作品をディスるのは勇気がいるというか、特に Twitter みたいな空間の中でそういうことを言うのはタブーになっているというのは分かるんです。

なにかこう、追悼のための作品になっているというか。

そういう雰囲気になるのは当然のことだし、それは決して悪いことじゃないなと思います。だってあんなにめちゃくちゃな事件が起こったんだから。

追悼だったり、今後の京アニへの希望の象徴だったり、そういう状態になっていること自体を否定する気はないというか、そういうのにすがらないとやってられないなという気持ちはよく分かります。

そういうのを切り離して考えると

その気持ちは自分も持っているんですが、そういうのを切り離してひとつの作品として見た場合は、そこまですごい作品ではないだろうというのが個人の感想です。

ベタ

シリーズ全部を見ましたが、見ていて何度も泣いたシーンはあるんですが、「泣ける」イコール「良い作品」ではなないと思っていて、泣ける作りにするのってわりとテクニックとして確立されているというか、パターン化されていて、パターン化された人情話に良い音楽を合わせれば大抵泣けると思うんですね。安易に作られた茶番じゃない限り。

で、ヴァイオレット・エヴァーガーデンについては泣けるし、感情移入できるところも多々あるし、茶番というレベルではないと思うんですが、やっぱりちょっとベタなシナリオではあると思うんですよね。

ベタだから悪いということはないんですが、ベタはベタだなと。

ベタって、言葉を替えれば王道で、エンターテイメントで、下手に新しいものを作ろうとするよりはよっぽどましだとは思うんですが、個人的はやっぱりベタなものよりも新しいことをやろうとしてるもの、リアルさを追求してるものの方が面白いです。

決してつまらないわけではないんですが、その面白さは何度も見てきた面白さなんですよね。

これが京アニ作品でなければ「なるほど、ちゃんとしたアニメだな。なるほどね」とか思って、数話見てもういいかな、となると思うんですね。最後まで「面白れ〜」と思って見るほどではないと。

『あずみ』と比べちゃう

あとやっぱり「ものすごい能力を持った少女もの」として見るとどうしても『あずみ』と比べてしまって、あずみの凄みには到達してないなと。この部分が一番大きなところかもしれません。

でも基本的には良い

ディスりばかりになってしまった気がするんですが、ヴァイオレットちゃんの成長と苦悩に素直に感情移入はできるし、姫と王子の手紙のやりとりの話や、死にかけている兵士にヴァイオレットちゃんが手紙を打つ真似をする話なんかは普通にいい話だな…と思いました。オー・ヘンリー的なジャンルとして十分な出来だなと。

積極的にけなす気はないんですが、Twitter の評価があまりにも絶賛の嵐なので物申したくなってしまったんです。すみません。

京アニの件

ここから話は変わるし、非常に重い、センシティブな話になるんですが、ヴァイオレット・エヴァーガーデンを見ていて、やっぱりあの事件との関係を考えながら見てしまうんですね。

ヴァイオレット・エヴァーガーデンが明るい話であれば特に結びつけて考えることはないんですが、ベースのテーマとして「何人も人を殺してきた殺人マシーンの少女が、多くの人との触れ合いの中で人間性を獲得し、同時に良心の呵責を覚えながらも成長して前向きに生きていく」というものがあるじゃないですか。これって、例の事件を起こした人と重なる部分があると思うんです。メディアで伝え聞く限りの情報から考えると。

ネット上で何度も見た意見として、「絶対に許せない」「極刑を望む」とか、もっとひどいのになると「ずっと重度のやけどを負った状態で地獄の苦しみを一生味わってほしい」みたいな意見も見ました。特にヤフコメ民の意見がひどい。まあ、ヤフコメ民はだいたいいつもひどい意見を言ってるんでだいぶ偏ってるとは思うんですが。

ヴァイオレットは何十人も人を殺してる

ただ、これちょっと思い出してほしいんですが、ヴァイオレットちゃん、これまでに何十人も人を殺してるんですよね。

戦争とはいえ、人殺しであることに変わりはないんです。そして殺された兵士にも家族はいるんです。遺族の悲しみと怒りはまさに想像を絶すると思うんです。

これを例の事件に当てはめると、「ヴァイオレットは絶対に許せない」「ヴァイオレットには極刑を望む」「ヴァイオレットは一生地獄の苦しみを味わってほしい」となるわけです。なるんですよ。遺族の感情からすれば。良心の呵責もなく何十人も殺してるわけだから。

でもこの作品の中ではそうはならない。

もちろんヴァイオレットちゃんに怒りをぶつける人は出てくるんですが、登場人物の多くはヴァイオレットちゃんに同情を寄せ、救おうとするんです。

そしてその話を「良い話」として受け取る人が多い。

アニメの美少女と現実のおっさん

であれば、あの事件を起こした人に対しても、そのように接するべきなんじゃないかと思うんです。

少なくともヴァイオレット・エヴァーガーデンを「良い話」として受け取ったんであれば。そうじゃないと不公平じゃないですか。

「フィクションと現実は違う」ということを言われれば、そりゃまあそうだという感覚も持ち合わせてはいるんですが、ヴァイオレット・エヴァーガーデンは京都アニメーションのオリジナル作品で、何らかの思いを込めて作ったものだと思うんです。

単に「ウェルメイドな話を作って視聴者を泣かせて受けてやろう」みたいな、まあ簡単に言うと浅ましい気持ちだけで作られたものではないと思うんですね。

見ている人に、価値観 A だけでなく価値観 B もあるということを伝えようとしている作品だと。環境によって人は変われる、ということを。

育った環境の問題

何かで見た話ですが、アフガニスタンかどこかの少年兵は、小さいときから『ランボー』とか、戦争で主人公が大活躍する、「銃弾飛び交う戦場の中で主人公はなぜか絶対に死なない系」の映画をいっぱい見せられて育つというんです。

そういう映画ばっかり見て育つと「自分も早く戦場に行って活躍したい!」と。

で、すぐに死にます。

そういう話を聞いて、自分としては少年兵がかわいそうだと思うし、あんまりだと思うんです。

あとやっぱりまあ、このへんもセンシティブな話ですが、戦時下の日本の教育なんかについても思いを馳せてしまいますよね。

そういう話を踏まえると、やっぱり人を殺すに至るには育った環境の影響っていうのはあると思っていて、それが何かのきっかけで発動されると思うんですよ。善悪の問題じゃなく、現象として。

それをただ非難することで、いつかまた起こるかもしれないこういう事件を未然に防げるかというと、そんな気はしないわけです。ヴァイオレットちゃんが登場人物のみんなにしてもらったように、そこには同情と救いの手が必要になると思うんです。

そんなようなことを思いながらヴァイオレット・エヴァーガーデンを見てました。やっぱり、単純にひとつの娯楽作品としては見れないなと。冒頭で「そういうのを切り離してひとつの作品として見た場合…」とか言っておいてアレですが。

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