西島大介『ディエンビエンフー』の感想

ベトナム戦争の話です。

なんていうか、読んでいて不快で。すごく単純な理由で「人が死ぬのをなんとも思っていない主人公」というのにまったく共感できなくて。「最初はショックを受けてたけど、だんだん慣れてくる」とかなら分かるし、実際そういう感じなんだろうけど、こいつはそうじゃないんですよね。最初っからサイコパス。感情が死んでる。ついていけない。

この主人公が唯一心を動かされてるのが、戦場で出会った地元の美少女兵士で、その美少女のたたずまいが美しいからとか、そんなような理由なんですよ。主人公、カメラマンなので。そんな感覚、ついてけないわ。ベトナム人もアメリカ兵もばんばん殺されてるんですよ。そんな中で「あの美しい少女にまた会いたい」みたいな動機で話進められても。

あと、絵がかわいいんですよね。丸っこくて、コミカルな感じの。そんな中で手がもげたり、いろいろ残酷描写が出てくるんですけど、丸っこいから残酷に見えないんですよ。これがリアルな絵柄なら、登場人物も「ひいぃぃぃぃっ!」とかなってるところじゃないですか。でも丸っこいからそうなってない。絵柄が丸っこいからって、その絵柄に登場人物の感情が左右されるなんておかしいじゃん。

全部ひっくるめて「本当の戦場は狂っていて、どんなに残酷なこともすぐに慣れてしまって、なんかもうコミカルな感じに思えてしまう」みたいなことを表現したいのかもしれないけど、いや、そうじゃなくて単純にリアルな絵を描けないだけなんじゃないか? と思うわけです。そうだとしたら、絵柄が話に向いてない。漫☆画太郎の絵で恋愛マンガを描くことはできないのと同じ理屈です。それを無理にやってるからなんじゃないかい?

これがリアルな絵柄だったとしても「嫌なやつが嫌なことをする姿を延々見せられる」という状況に変わりはないわけで、ケンシロウのいない『北斗の拳』みたいな話になるわけですよ。爽快感なし。いや、戦争ものに爽快感求めちゃいけないのかもしれないけど、なんらかのカタルシスはあるわけじゃん。『火垂るの墓』も、あれはすごく乱暴に言えば「泣ける」というカタルシスがあるから受け入れられてるし、『はだしのゲン』とかはリアルなサバイバルマンガとして、まあ言うたらエンターテイメントになってるわけですよ。でも、『火垂るの墓』にしても『はだしのゲン』にしても、根底には「戦争ダメ!」っていう感情が作り手にあるのは間違いなくて、だから消費者としてもそれほど罪悪感を感じることなく楽しめる、楽しめるって言ったら相当語弊ありますが、まあ飽きずに見てますよね。飽きてたら、『火垂るの墓』とか名作扱いされるわけないんだから。

でもこのマンガは、単純に戦争をお話のネタとして使ってるように見えるんですよ。ベトナム戦争にも、ベトナム人にも、アメリカ兵にも特に思い入れなくて、「美しい少女の写真を取りたい話」「残酷バトルの話」の舞台としてベトナム戦争を選んだという感じが。なんでそう感じるかを文章で表現する能力は自分にはないんですが、読んでいてそういう印象を受けるんです。

同じベトナム戦争の話でも『フルメタル・ジャケット』なんかは、まあ不快な内容なんですが、キューブリック監督はそれを見せつけた上で「引くでしょ?」って言ってるわけですよ。「ベトナム戦争ってこんなんなんですよ。もう、頭おかしいし、引くでしょ?」と。で、見ている自分も「引くわ〜…。やっぱ戦争はダメだ…」となるわけです。このマンガにはその「引くわ〜…」がない。引いてるのは内容じゃなく、作者の感覚に対して引いてる感じ。

あんまり出来の良くないバトル漫画を、ベトナム戦争を舞台に繰り広げてる感じ。ベトナム戦争を舞台にする必要あった? ドラゴンボールとか刃牙とかみたいな、フィクションの世界なら特に罪悪感を感じることもないんだけども。

まあ、簡単に言うと「不謹慎!不謹慎なのダメ!」という学級委員長的な感覚を引きずりながら読んでしまうわけです。本当に人を殺してる殺人ビデオ見せられてるような。殺人ビデオ見たことないですけど、そんな感じ。「俺はそれを楽しむ側の人間じゃないからな」と言い訳したくなるような感じ。じゃあ読まなきゃいいじゃんという話だし、実際2巻以降は買うのやめよ…と思ってます。

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